探偵・癸生川凌介事件譚 Vol.10「永劫会事件」 感想
癸生川10作目ー。神ゲーでした。
作品に満足しすぎて、クリアしてから大分時間空いてもうた。以下ネタバレ感想。
お世辞にも洗練されているとは言い難い部分はありつつ、キャラクター・テキスト・シナリオ・BGM等に光るものは確かにあって、その輝き見たさに次の作品を購入…という流れで癸生川シリーズを遊んできたのですが、10作目、ここにきて傑作が出てきました。
作品を跨いだ伏線をほぼ(さすがに全部ではない)回収しつつ、過去作に対して感じていた不満点もきちんと解消していて、集大成的なクオリティ。
別格に面白かったのですが、ゲームという媒体で表現するにはいささかセンシティブ&ハードな題材に切り込みながら、手法が極めて真面目で真摯なのも、取り扱っている犯罪が犯罪だけによかったな、と。
その犯罪……テロによる大量殺人や強制わいせつは憤りを覚えるような凄惨さですが、別に非道な部分をアピールしたかったわけでは多分なく、重要なのはその『痛みを抱えてなお、人間がどう生きていくのか』を書いていることっぽい。
本来、そういう犯罪がこの世からなくなることがあるべき姿ではある、その上で、もし身近にそういった事件が発生した際、失われ傷つけられた痛みを受け止めて、遺された者は生きなければならないことが、現実としてあるわけですよね。しんどいことですけれど。
ここで、澄佳のようにフラッシュバックの苦痛に襲われ死人のような生活を送る者もいれば、美馬のように抑えきれぬ憎悪から復讐を果たす者、松田のように復讐すべき対象もおらず途方に暮れる者もいるでしょう。
非情でグロテスクな真実に打ちのめされ、怒りや悲しみで目の前が真っ暗になった時、どうすればいいのか?
その問いに対し、シリーズは既に答えを出しています。
「殺人事件のほんとうの被害者っていうのは…亡くなった方の関係者じゃないかとも思うんです、私。」
「そういった事件の残した傷跡を少しでも埋めるのが…私たち、探偵の仕事なんですよ!」
仮面幻影の伊綱さんの台詞ですが、ここのテーマにより深く切り込んだのが、今作だったっぽい。
伊綱さんの悔し泣きで優子さんが心を開いたこととか、永劫会解散後に被害者の会存続のため釈迦堂さんと一緒に松田さんに支援をお願いに行ったのは、この流れを汲んでいるからでしょう。
そしてこれが、癸生川凌介シリーズにおける「探偵とは何か」だったのかな、と。
基本的に、探偵ミステリーにおける「探偵」とは、真相を明らかにすることで物語を終結に導くような、フィクションヒーロー的な存在であるパターンが多く、癸生川シリーズも癸生川がそれに該当します。しかし、今シリーズにおいてはそれだけではなく、伊綱さんの被害者救済アクションからも「探偵」の意義を書いています。
ゆうて、そういうフィクション探偵論自体は割とよく見るので、衝撃だったり珍しかったりといったものでは決してないのですが、白鷺洲伊綱という個人の物語の観点から、非情な現実と、夫の願いの継承の要素も含み、被害者に寄り添うために、”探偵が存在しなければならない意義”を説得力を持って打ち出したのが素晴らしかったです。
まあ、伊綱さん、澄佳の死を嘆く生王氏への対応は酷いけど。
鬼ですか。
彼のうじうじは理由が理由なので全くネタにできないタイプのやつだと思うのですけれど。生王氏は伊綱さんの攻撃性を高めるフェロモンでも出しているのか。
真面目な話をすると、今作で「生王正生」というペンネームが、亡き彼女との繋がり、残酷なこの世を強く生き続けていくためのよすがだと判明し、この背景って伊綱さんの「白鷺洲」と被るので、伊綱さんは生王氏を自分に重ねているからこそ、彼限定でシニカルなのかも、とはなんとなく感じたところ。
まあ、伊綱さん、海楼館で恋人無くした男にはめちゃくちゃ優しくしていましたけど!
今作に関しては伊綱→生王の態度はギャグとしてもあんまりではでしたが、中庭さんを怯えさせる癸生川の奇行とか、癸生川のテンポについて行こうとする初々しい伊綱さんとか、和解おじさんの気持ち悪すぎるインパクトとか、シュールだったり頬が緩んだり笑えたりする場面が多く、緩急の「緩」の部分をしっかり描写していたのは、シナリオの根幹が重い分読み進める上でしんどくなりすぎず、良かったです。
得意なのです。ではない。
あと、今回の癸生川&伊綱のメタ的な構図と関係性はかなりぐっときました。
仮面幻影感想で少し触れましたが、癸生川の物語構造と密接すぎる探偵性と、伊綱さんの白鷺起点にした成長する探偵性って、個別に見たらそんなに問題はないのですが、ひとつの物語に収めた時に生じる相性の悪さを、ずっと感じており。
癸生川が出張ると伊綱さんこんなポンコツじゃなくね?になり、伊綱さんが出張ると癸生川の登場を抑えねばならず物足りない、という。
これはもう、フォーマットに欠陥があるのでは…と思っていたのですが、ちゃんと解消されてました。
今作の癸生川は、悩むし真相が分からないし、容疑者を死なせる痛恨のミスも仕出かし、万能ではない側面が表出し、伊綱さんもデビュー直後で未熟さが強調されつつ、前述した被害者フォローをする探偵としての役割も大きく取り上げられています。
それによって、癸生川の至らぬ情報を伊綱さんが補完しつつ、補完された情報で伊綱さんが辿り着けない真相を癸生川が提示し、その真相をもって伊綱さんが被害者に寄り添うという、お互いに不足している部分を補い合う関係になっています。
新人伊綱さんはともかく、いつも真相解明担当する癸生川が万能ではないとキャラクター性に違和感が生じないか問題も浮上しますが、基本的にはいつも通り先の先が読める存在として書かれていましたし。
永劫会メモ住所から石上怪しむ流れは、同じ情報持っていたはずの自分が全く気付けなかったので(沖村が事前に癸生川に相談に来ていたアドバンテージはあるとはいえ)癸生川凄えと改めて。澄佳を見殺しにする初めてのミスも、澄佳の行動を予測出来ていたがゆえ、という、癸生川らしいものなのは良い描写でした。
このミスによって癸生川の顔がぐっとしまり、探偵としての矜持が感じられるのも格好良い。
…白鷺で初めて癸生川と伊綱さんの出会いのシーンを見た時、私は以下の感想を書いたのですよ。
そして癸生川もラストシーンで、突然押しかけた伊綱さんを当然のように迎え入れる姿が格好良かったです。人の20歩先を行く癸生川ならでは。
で、今回そのシーンが詳細に描かれましたが、これはただ癸生川が格好良いだけのシーンじゃなかったのだな、と。
五月雨を通して、癸生川にとっての涼二さんの存在の大きさが丁寧に描写されましたが、彼を失うことで、メンタルは弱り、生活基盤がグズグズになり、永劫会に潜入調査もできず…永劫会癸生川、普通にめちゃくちゃピンチだった。
そして、一年間休職までして待ち続けた末の伊綱さんの来訪が、この八方塞がりの状況を打破する福音、癸生川が伊綱さんを無自覚に救ったのと同時に、伊綱さんも癸生川を無自覚に救っているのだと実感し、感動で震えました。
シリーズでも屈指の名シーンで、私はこのシーンを見るために、癸生川シリーズと出会ったんだと思うほど。
にしても、癸生川が泣く衝撃よ!
仮面幻影では「僕にしては珍しく悩んだ!」「癸生川が悩むことなんてあったんだ…。」
五月雨では「君がいなくなったら困る」
というセリフがありましたが、時系列順はともかく、リリース順で見た時に癸生川がどんどん人間に近づいていく印象があり、今作でついに本当に人になった感じ。弱体化することでキャラに厚みが生じ、癸生川は最初の頃より今の方が断然好感度高いです。
あと、システムの点で一つ、弥勒院や音成といった例外はありつつ、いつもは生王氏視点なのを、今作は視点を4人に分けたザッピングシステムを採用。その上で、謎解き要素はただ明かされるだけではなくプレイヤーへの挑戦状という形式で、対交錯を進化させたような試みが盛り込まれていますが、これが素晴らしかったです。
別の人物の目線から事件を見ることで、歯車がかみ合わないような違和感が生じ、その違和感の点と点をつなぎ合わせた先に、真実が浮かび上がるつくりになっているのはプレイヤーの気づきを誘発させてくれて良かったところ。
真面目にメモとって推理したので、挑戦状はすんなりでしたが、メモ見返すと道中はちゃんとミスリード引っかかってて面白い。
ちゃんと伏線まきつつのひっくり返しが作中何度も起こり、翻弄される体験が楽しかったー。
昏い匣で実感したのですが、操作キャラの知り得た情報がプレイヤーと同じ際、頭を捻らずともわかる範囲のことに、キャラが気づいてくれないことに私は物凄くストレスを感じるので、神視点の都合上それが一切なかったのはうれしい。
また、???が誰なのかを探る過程が謎解きになっているのも良かったです。
工藤、石上、澄佳が実は語り手として信用できない人物なのもあり、見知った彼女がずっと近くにいたことに気づいた瞬間に安心感がありましたし、癸生川との再会もテロ発生&澄佳死亡で絶望のさなか満を持しての展開で、ばっちり劇的になりました。
満足の作品ですが、一つ難点を挙げるとしたら、今作が真価を発揮するプレイシチュエーションが1〜9作目クリア状態であり、1、2作目とかはこの時代500円でプレイするには正直きついクオリティであることでしょうか。
……私も、4作目までセール&マイニンテンドーポイント使って無料で手に入れなければ、ここまで辿り着けなかったと思います。丁度ポイント余っててセールもしてた偶然に感謝せねば。
大逆転裁判2も似たような欠点のあるミステリーの傑作ですが、あちらは4千円くらいで前後編セットになったリメイクも出てるので、癸生川も全作セット&ベストプライス版switchで出さんかなあ。
にしても、これだけ集大成的な優れた作品を生み出してしまうと、後に続く作品が大変そう。リリースはこれからの作品群でも、アッと言わせてくれるような出来を期待したいです。
赤洲の「あの方」示唆もあったし、霊崎朱との決着は見たいところ。
以上、探偵・癸生川凌介事件譚感想でした。