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批評や分析ではなく個人の感想だよ

探偵・癸生川凌介事件譚 Vol.9「五月雨は鈍色の調べ」 感想

 癸生川9作目ー。
 対交錯がゲームとしての面白さでは現状一番なんですけど、今作に関しては、趣味にブッ刺さり、狂いました。
 以下ネタバレ感想。


 BGMがホント素晴らしかったです。起動時に流れる曲とエンディングラストに流れる曲は特にお気に入り。
 BGMのほか、雨音とか、キャラクターにかぶせたテキスト表示とか、演出の調和が高い次元で取れていて、湿った手触りが感じられて凄く良い。
 4作目の白鷺と表裏一体をなす作品というか、白鷲のテーマの角度を変えつつ、白鷲では手が回りきらなかったメインストーリーの部分を補完したのが、今作っぽい。
 もっと踏み込むと、母である楓さんの視点から、娘の伊綱さんの自立の背を押す、「女」の話が白鷺で、父親を嫌悪していた螻川内息子が、父と同じ道を選び自らも父になる、「男」の話が五月雨、という感じでしょうか。
 螻川内父の秘密に隠されていた愛を知った息子が、言動ほぼ真っ黒の婚約者を信じ切ることができるかという、父親と同じ状況に立たされた際の選択に、プレイヤーが介入できるのはゲームならではで、面白い仕掛けでした。
 とりあえず、初見はあからさまにバッド選択肢のBエンド辿ってから真エンドっぽいAエンドに行ったのですが、Bエンドはプロローグにつながる流れが台無しすぎて大笑いしました。テンションギャグなのにラストは怖いし。逆の順番で辿らなくてよかった。
 Aエンドの、螻川内息子の決心から冒頭の泉少年につながる流れは感動的でしたが、婚約者女真っ黒疑惑に関する釈明、ぶん投げられたままかい。
 婚約者両親が500万円用意できたと癸生川から判断材料提供があったため、婚約者が螻川内息子から金欲しかった意味が全然わからないのですが。なんで。お腹の子供認知してもらうつもりなかったようですし、生活費の一部とか…?
 この婚約者、言動おかしすぎて、ここまで怪しさを貫く必要があったのか。白鷺も真相の明言は避けるつくりだったものの、あれは考えればちゃんとわかるし、語らないからこそ美しいからで、今作の婚約者の真意は全部明かしてほしかったというのが、正直なところ。
 ですが、最後の「信じる」選択肢にプレイヤーが関与した瞬間に螻川内息子はプレイヤーの手を離れており、そこから螻川内息子が信じることから揺らぐことはないので、婚約者の言動のウラに何があったかとかは、きっと重要ではなかったのだろうな、と。
 真実はこの際関係なく、「何を信じるか」にウェイトがあるというか。ミステリー<ドラマのお話。
 プレイヤーを騙す仕掛けも“螻川内のテキストに父も混じっていた”はすぐ気づく易しいものでしたが、家族の物語として統一感を出すのに一役買っていて、ドラマ性の点で良かったです。
 …前作、仮面幻影の女性ゲストキャラ可愛かったですけど、今作の女性ゲストキャラ「螻川内母:元詐欺師」「螻川内婚約者:言動がほぼ結婚詐欺師」「霊崎:犯罪コーディネーター」で、ピーキーすぎるよー。
 螻川内母も、夫に多大な恩義があるとはいえ、家庭を一切かえりみない(ように見える)夫を完全放置プレイとか、地味にメチャクチャやっとる。

 ◇

 あとはレギュラー・準レギュラーキャラについてぼちぼち。
 
■涼二
 シリーズのジョーカーこと涼二さんが満を持して登場。
 癸生川を唯一ある程度コントロール可能な元助手かつ、伊綱さんの信念を形成した夫という、とにかくおいしいポジションで、使い切りキャラではもったいないと思っていたので、再登場&操作キャラになったのは嬉しかったです。
 コマンドに「視る」が出ていることで、涼二さん視点であることを、強く実感し、良い。都会でこの能力持ちもキツそうだけど、あの歪みまくった百白村での幼少期は、余計生き辛そう。
 中盤「金を追う役割:癸生川」「螻川内父を探す役割:涼二」で分担し、最終盤に情報共有するところとか、癸生川が自由にやれるように涼二さんがフォローしていることと、癸生川が涼二さんの捜査能力に信頼を置いていることが見え、普段の二人のコンビっぷりがうかがえるようで、熱い。
 また、涼二さんが目指す探偵とは、
「都会には嘘や汚職があふれていて、大勢の悪い人が堂々と暮らし、無実の罪で捕まっている人が沢山いる。僕はそんな隠された犯罪を暴く、探偵になりたい。」
 という、弱者に寄り添うために真実を見つけ出す存在でありました。なので、螻川内息子に向き合い本心を丁寧に引き出す過程を書いてくれたのは、よかったです。
 このマインドは伊綱さんも引き継いでおり、仮面幻影の
 「殺人事件のほんとうの被害者っていうのは…亡くなった方の関係者じゃないかとも思うんです、私。」
 「そういった事件の残した傷跡を少しでも埋めるのが…私たち、探偵の仕事なんですよ!」
 は、涼二さんの影響を感じるところ。泣いてへたり込むそあ子さんの背中を支え続けたのも、これが背骨にあったからでしょうし。あの伊綱さんは細やかで素敵な描写でした。(普段の伊綱さんはどうなんだ、というのは、さておき。)
 涼二さんと伊綱さんといえば、白鷺遊んだ時に、涼二さんが性愛含めて伊綱さんのこと好きなのかわからなかったのですが、今作でわかりました。
めちゃくちゃ好きじゃん。


 これを涼二さんから引き出し、感情を代弁してくれる螻川内息子神。本当にありがとう。
 涼二さんが伊綱さんを好きだという意識をもちながら白鷺振り返ると、キツさと萌えが同時に襲い掛かってきて、脳が破壊されます。
 好きな女に「将来は素敵なお嫁さんになる」(おそらく婿に自分を想定した発言)を聞いた気分はどうだ。
 好きな女と数年ぶりに再会したらずいぶん大人びていたときの気分はどうだ。
 好きな女が兄の許嫁になったと知った気分はどうだ。
 好きな女が父親に脅されているのを知った気分はどうだ。
 好きな女が探偵に憧れている(自分の職業)と言っていたのを人づてに聞いた時の気分はどうだ。
 ノスタル爺よろしく「抱けえっ!!」になりますが、もともと病弱、次男坊、戻ってきたら余命幾何もなしなので、白鷺洲家での涼二さんの立場が超弱かったであろうことは想像できます。
 だから両片思い状態でも、伊綱さんに期待させるようなこと言えないだろうし、伊綱さんの方も少女時代は"家"が真芯にある人でしたから、身勝手なこと言えないよなー。

 「視る」能力がない楓さん視点でも伊綱さんの気持ちがわかることが涼二さんに突き付けられ、珍しく言葉に詰まるのが、辛い。
 家の因習にとらわれてがんじがらめになっている伊綱さんに対して、涼二さんが実際にしてあげられることってなにもなくて、だからこそ伊綱さんがちゃんと歩くことができる「強さ」を残したかったのではないかと、今更ながらに思います。愛だ。

 涼二さんにしてはぶっきらぼうなのがいい。
 死に別れたものの、このことがなければ涼二さんはそのまま病死し、伊綱さんも村に囚われるのみの人生を送っていたと思うので、この上ない成就だと思う。
 推しカプ。
 
■癸生川


 誰。
 ビジュアルもそうですが、なによりも、言動が、誰。
 白鷺のときも、余命幾何もない涼二さんを連れ戻しに、わざわざ田舎にきていたので、その片鱗の描写はあったのか。
 脳の切れ具合と奇矯なふるまいは今と変わらないものの、高笑いなどはほとんどなく、ややテンション低め。
 シワシワのシャツ・伸びっぱなしの髪と髭を見たときに、そういえば今の癸生川は身だしなみをある程度整えられるってことかと、今更思い至り。
 考えてみれば当然なのですが。そこを考えさせないのが、癸生川はやはり超人じみているというか、人間性を感じさせないキャラ。
 そして、癸生川の人間性をプレイヤーに意識させるキャラが、涼二さんなのか。白鷺の時点で、癸生川はすでに今のビジュアルだったので、多分涼二さんが帰郷する前にアイロンのかけ方とか教育して仕込んでいると思われます。お母さん。

■霊崎(久美浜
 死者の楽園・対交錯で黒幕張ってきた久美浜の解像度が、今作で一気に上がりました。
 真名:霊崎・実年齢:1996年6月時点で27歳(!?)という個人情報と、暗躍ムーブの真の理由が、伊綱さんへの「逆恨み」だったことが明かされ、やっと物語に降りてきた感じ。
 技術があって頭もまわり、趣味でいたずらに犯罪を誘発する歪んだ享楽主義者で、欲しいものなんでも手に入れられそうな女が、涼二さんのような心が視える、手の届かない男を好きになってしまったのは、滑稽さと悲哀を感じさせて良い要素。
 年月経ても涼二に気づいてもらえるよう、かつての莉沙の姿で再度事務所を訪れたところ、嫁に鉢合わせて平常心を繕う霊崎とか、隙の多い描写で、なんか可愛い。
 『好きな男が命を賭けて守った女』の一点で伊綱さんに憎悪を募らせている因縁の構図も燃えますし、霊崎は今作だけでシリーズ中でもかなり好きなキャラになりました。
 また、伊綱さんは涼二さんの名前を継ぎ、見た目を変えて探偵になることで、少女から脱皮して大人の女性になったわけですが、霊崎は三十路にして失われた涼二への恋にとらわれ続ける少女だというのも、対比が光って好きなところ。
 霊崎の愛憎によって、伊綱さんの格が間接的に向上したというか、…法の抜け道から結婚まで漕ぎつけた伊綱さんって、改めてクレイジーだなあ。
 霊崎と癸生川の対峙シーンって強者同士の緊張感があって、格好良くて好きなのですが、そもそもの因縁は伊綱さんにあるので、霊崎に引導を渡す役割は伊綱さんになったりするのだろうか。伊綱さんの成長がシリーズのドラマとしてもあるわけですし。

 …今回ただの萌え語りになってしまった。
 こういう、ヘキにガツンとくる話もあれば、仮面幻影のようにゲーム外のところで問題提起される社会派の作品もあり、対交錯のようにミステリーとしてのクオリティの高さに膝を打つものがあり…振り幅が大きいのが癸生川シリーズの良いところだなと思います。
 そのぶん、波長に合わない回もあるわけですが。
 全く終わりを意識せず、軽く触り始めたシリーズですが、switchでリリースしているものではいつの間にやら残すところあと1作になってしまった。さみしい。
 シリーズでも何度も触れられてきた、癸生川と生王氏の出会いのきっかけであり、生王氏に忘れられない傷を残している「永劫会事件」ということで、期待値が爆上がりしてます。
 これ書き終えてから遊ぶつもりですが、大事に楽しみたいと思います。