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批評や分析ではなく個人の感想だよ

マロニエ王国と七人の騎士41話「美しい思い出」感想

 8巻出ましたね。
 今まで電子が一週間ほど遅れていましたが、今回から同時発売&カバー裏もきちんと収録してくれてうれしい。
 表紙もいい絵。
 ハラペコの"救い"はコレットの存在だけではなく、ハラペコ自身がそのコミュニケーション能力から紡いできた厨房仲間との誠実な関係性もありきだと思っているので、嬉しかったです。

 では最新話の感想をば。

 ヨカ「好きだと思った時に言っておいた方がよかろう 明日会える保証はあるのか」
 出だしから重い…!父や兄といった近親者の死を経ているヨカだからこその台詞でしょう。
 ウィジャヤとヨカがラブコメムーヴの一方、もともと病弱だった妹のタラの体調は悪化。
 戦況も悪化する中、ウィジャヤに恩と好意のあるヨカは彼女に対し家族と逃げることを提案するが、それを突っぱねるウィジャヤ。突っぱねつつもヨカの背中に縋り、惚れていくテンポがいいのでなんだかチョロイン感が。
 まあ、"家"が芯にあるウィジャヤが、同じく"家"関係で喪失を経ているヨカに共感を示した土台がある上で、ヨカの告白で異性としての意識づけをし、ヨカがウィジャヤの家族を労わることの出来る男であったこと(『だったらすぐにウィジも家族と逃げろ 妹が歩けんなら俺が背負ってやる』)が心が傾く決定的なポイントとして描写されていて、きちんとツボは押さえているのですが。このあたりやっぱ巧い。

 余談ですが、生き物の国編でのジャガー王ってバトルジャンキー系覇王の印象が強く、そういった要素はないヨカと結構ギャップがあったのですが、今回あった台詞
 
 「多分 俺はお前に何も返せん 俺は一人ではとても弱いし何もできん」
 
 を見て、ジャガー王の素の部分はショチピルリに斬りかかられた際の
 
 「余の最も高き功績とは…在位のあいだ民や臣下たちの反旗が上がらなかったことなり」
 
 にあるのではないかなと感じました。一人の力の限界を知っているからこそ、他者の力を拠り所にすることができるのが、8のジャガー王という王なのでは。
 覇王ムーヴは100%天然のものではなくて、功績を重ねる上で培われてきたものであったり、指導者として民を先導していく上での計算の要素もあったりするのではないかな。現時点では手前勝手な妄想ですが。

 話を戻します。
 出陣した冥府様ことムハヤットが戦死。雨季の終わりと同時に生き物の国に攻め込まれることを察知したウィジャヤは、ヨカに逃亡を勧める。集落が攻め込まれることがあれば村の皆は井戸と水を汚して自決することが事前に決まっており、余所者のヨカを巻き込ませないために、ヨカが村のものと関わることを意図的に断ってきたウィジャヤ。
 
 「妹はもう長くないからこのことを知らん どうにか弟の嫁とここを離れてもらうつもりだ」
 
 ジャガー王が月様を娶ったのって、人質や政治問題というより、妹を生かしたいウィジャヤの願いを汲み取ったからなのかも。
 
 世界樹には葉一枚につき一つ願い事をし、たくさん願えば一つだけ叶えてくれる言い伝えがあり、ウィジャヤが葉を3枚所持していた姿を見ていたヨカは、その願い事の意味を尋ねる。
 
 「弟とサンナが一緒になれるよう 妹が元気になれるよう ヨカが長生きできるよう ヨカ…長生きしてくれ」
 
 ・弟とサンナが一緒になれるよう→死別で×
 ・妹が元気になれるよう→嫁いだ後早くに死亡して×
 ・ヨカが長生きできるよう→ジャガー王統治期間70年
 
 ほんとに願い一つしか叶ってないよ!!
 たくさん願えば一つだけ叶うって、願えば願うほど打率は低くなるやつなんじゃないのか!?もはや願わない方がいい気がしてきます。
 ウィジャヤが自分のことではなく他者に関する願い事を挙げているのは性格が出ているところ。また、1、2に家族に関する願いを挙げ、3つめに他人であるヨカに関連する願いを挙げることで、ヨカにウィジャヤの想いが届くのは、岩本ナオ先生らしいピュアな愛の描写。しかしながら、ヨカ自身もかつて気が重いと語った「長生きしてくれ」なのが、綺麗なだけではない、ウィジャヤの愛ゆえのエゴも感じます。ジャガー王にとって、それは呪いにもなりうる願いなのではないかな。
 
 ウィジャヤと別れたヨカは自軍に合流し、ここでヨカ=ジャガー王が明確に。雨季が終わり敵軍に自決されると兵糧を得ることができないことを理由に、雨季の間に進軍ではなく交渉で兵糧を得ることを仲間に提案。
 ウィジャヤ達を殺させないためという背景が勿論あるのでしょうが、ここで変に私情を挟まず、合理的な理由から長としての言葉が出るのは大変よかったです。
 生きものの国との交渉に際し、ムハヤットが死亡したことからウィジャヤは領主の席に座り、ジャガー王と対面、
 「夢じゃ…これは悪い夢じゃ…」
 時間は現在軸に戻り、鬱状態の御神様で、つづく。

 私はハラペコが現状一番好きで応援している主人公というのもあり、そこのストーリーを一旦置きつつ始まったウィジャヤの物語に、正直前回かなりノりにくさがありました。ただでさえ食べ物の豊富な国編長いしね…しかし、二話でさっくり終わらせてくれてまず一安心。
 不安だった点としてもうひとつ、敵国同士のラブストーリーを展開する中で、リーダーポジションである御神様とジャガー王が、運命の出会いを前に色ボケ化してしまったら本当に本当に本当に嫌だったのですが、二人とも"家"が支柱にあり背負っている責務に対する自覚が強い人なのは良かったです。
 「辛いことから逃げてもいいよ」な物語がリアルな現代的な観点からは良いのかもしれませんが、逃げ出したいほど辛い現実になんとか折り合いをつけて生きていくことが、ハラペコの物語の一つの到達点でもあると思っているので。
 だがしかし、ヨカのカゴ職人の選択肢が撒かれたままなので、そこを拾いつつウィジャヤと死後成就とかする可能性もあるのか。死後成就、あまり好きな要素ではないので、やられても困るな…ジャガー王の妻の月様もいるし。